【そして父になる】映画レビューする。家族とは?親とは?子どもとは?血縁とは?




こんにちは、timcoです。
今日は、私が考える「家族とは何なのか?」というテーマについて大きな影響を与えた
「そして父になる」という映画を紹介します。

 

そして父になるってどんな映画?

出典:Amazon

そして父になる』(そしてちちになる)は、2013年制作の日本映画是枝裕和監督。主演の福山雅治が初の父親役を演じた。

第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され[1]2013年5月18日夜(日本時間5月19日未明)に公式上映された。

登場人物

野々宮家

・野々宮良多  (福山雅治)

・野々宮みどり (尾野真千子)

・野々宮慶多  (二宮慶多)

 

斎木家

・斎木雄大   (リリー・フランキー)

・斎木ゆかり  (真木よう子)

・斎木琉晴

あらすじ

 

ストーリを簡単に説明するとこんな感じである。

家・車など誰もが羨むような一家である野々宮家と、
いわゆる庶民で、一般的なマナーもしっかりしていない斎木家

実は、この2つの家族の子どもが病院により取り違えられていた事が判明した。
自分が6年間育ててきた息子は血がつながっていない事がわかった。

その事実がわかったとき、2つの家族はどんな選択をするのか?という展開で話は進む。

 

「子どもは血縁」という考えを持つ野々宮良多(福山雅治)
「子どもは時間」という考えを持つ斎木夫妻(リリーフランキー・真木ようこ)

 

琉晴は野々宮家に、慶多は斎木家にと交流が始まったが、やはり6年間育ってきた環境が全く違うため衝突する。

琉晴は野々宮家を家出して、自分が育った斎木家に戻ろうとする(見つかり、戻されるが)
ただ、自分も小さい頃に家の事情で家出をしたこと、髪の質感などが良多にそっくりな事など
琉晴に自分と似ている部分も感じていく良多とみどり。

 

交流が深まっていくにつれ、琉晴にも愛情が芽生え始めた良多とみどり
同時に、6年間育ててきた慶多への罪悪感が大きくなっていく

そんなときに、慶多がこっそり撮っていたカメラの写真を見つける。
そこには、ふとした家族の瞬間が撮られていた

それを見た良多は涙を押さえきれなくなり、慶多に会いに斎木に行く。

この映画をみたきっかけ

初めてこの映画を見たのはテレビのロードショーだったと思う。
映画館では見ていません。

その頃はまだ無精子症とは分かっていなかった(不妊治療なんて考えていなかった)ので

 

「あ〜タイトルは知っているな、とりあえず録画しとくか」

 

で、ずっとレコーダーに保存されたままになっていた。

そして、無精子症が発覚し、自分と血のつながった子どもを持つ事は出来ないと分かった。
今後の選択肢はAID、里親、養子縁組を考えていた。

そんなとき、レコーダーに録画したままのこの映画を見た。

 

号泣した。
涙が止まらなかった。

 

AIDの映画でもないし
里親、養子縁組をテーマにした映画でもない

 

「家族とはなんなのか?」

 

そのとき、家族をつくるということに悩んでいた自分にとって、自分なりの答えを出すためのキッカケとなった映画になった。

映画で見るべきポイント

この映画で見るべきポイントは、とにかく野々宮家と斎木家の対比であると思う。

斎木雄大(リリー・フランキー)は、初登場時は「あ〜、こんな家族いっぱいいるよね」

という描かれ方をしている。

 

ストローの箸は噛むし、くちゃくちゃ音をたてて食べる
店員には横柄な態度をとる。
服装も決して綺麗ではない。

 

休日のフードコートにいそうな家族である。

 

一方で、野々宮家はおそらく休日はフードコートにはいない。
食事マナーには厳しくしつけをしているし
言葉使いにもきびしい
服装も上品なものを着ていると一発で分かる。

 

でもこの2つの家族の一番の違いは、父親のこどもとの向き合い方である。

 

野々宮良多(福山雅治)は、仕事優先タイプ。
自信家で、自分のする事には絶対の自信を持っている。
「子どもは血である」という育てられ方をしている。
キッズコーナーで子どもと一緒に遊ぶなんて事はまずしない。

 

斎木雄大(リリーフランキー)は、同じ目線で子どもと遊ぶ。分け隔てない。
子どもから誘われれば一緒になってキッズコーナーで遊ぶ。
2人の価値観の違いが描かれている場面が、両家の交流が始まりキッズコーナーで遊んでいる場面である。

 

雄大)   俺、この半年で良多さんが一緒にいた時間よりも長く慶多といるよ。
良多) 時間だけじゃないと思いますけどね。
雄大) 何言ってんの。時間だよ。子供は時間。
良多) 僕にしかできない仕事があるんですよ。
雄大) 父親かて、取り換えのきかん仕事やろ。

 

そして、ラストは?

この映画のラストは具体的には書かれていない。

慶多は野々宮家にもどったのか?琉晴は斎木家にもどったのか?
観た側の想像でしかない

でも、2つの家族が「どこから子どもに対する愛情が芽生えるか?」という疑問に向き合い、成長するという過程は観ていて本当に考えさせられるラストだった。

2つの家族がやっとスタートラインにたてたっていう感じの締めくくりだったと、ぼくは感じたのである。

まとめ

子どもは血縁なのか?時間なのか?

この映画を観るまで、ぼくは家族とは何が正解なのか思っていた。

 

里親・養子縁組を行う上で「血縁」はなかったことには絶対に出来ない事だとも分かっている

でも、血縁はなくても「時間」をかけて愛情を一緒に育むことが家族だと信じたい。

 

多分、正解はないんだろう。
それぞれの家庭で考え方は違うから。

でも、親の都合で子どもの考えを無視して考えないようにしたい。
一緒になって悩んで、時間をかけて「家族」というものが出来てくるのだろうか

 

そんな事をこの映画を観るたびに思う。
多分、いろんな節目で見直す映画になります。

 

あ!最後に!
この映画の見所は野々宮家と斎木家の対比と紹介しましたが、
両家とも奥さんが美人すぎるというところには納得いっていません笑

特に真木ようこさん。美人すぎるやでぇ・・・・
あんなかーちゃんやべぇわ、

 




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